2012年5月16日水曜日

世界の水問題とナノテクノロジー 輪郭を現し始めた世界の水危機と技術の使命


2009年9月30日、10月2日の両日、水問題に対してナノテクノロジーがどのような解決をもたらしうるかを討議するため、国際シンポジウム「世界の水問題とナノテクノロジー」(GWIN)を京都環境ナノセンター、京都高度技術研究所の主催で開催した。京都環境ナノセンターは、文部科学省知的クラスター創成事業「京都環境ナノクラスター」(中核機関 京都高度技術研究所)の広域化プログラムの推進拠点で、クラスター事業の成果の海外展開を担っている。ちなみに「環境ナノ」とは地球環境問題の解決を目的とするナノテクノロジーのことで、京都環境ナノクラスターでは、省・新エネルギー、産業・生活資源、環境センシングなどを対象として産学共同による環境ナノの研究開発を行っている。

会場の様子

Michael P. Wehner氏
     (カリフォルニア州オレンジ郡水道局副局長)

水問題には生活資源の研究開発の一環として取り組んでいるが、多様な水問題で脅威に直面しているのは主に発展途上国である。つまり、解決すべきニーズはむしろ海外にあり、クラスター事業の成果の展開も海外を視野に入れることが不可欠である。GWIN開催はこのような認識に基づくもので、狙いは [1]世界各地の水事情を把握しニーズを見定め、[2]水関連技術で世界をリードしている日本企業にナノテクノロジーの現在の利用状況と将来への期待を開陳していただくことを通して、水分野におけるナノテクノロジーへのニーズハンティングをすること、および [3]京都環境ナノクラスターの研究成果を発信し海外展開を促進することにあった。

両2日間の会議のうち、9月30日の京都大学桂キャンパスにおけるサテライトシンポジウム「世界各地の水事情と新しい展開」(モデレーター:津野洋京都大学教授および京都環境ナノクラスター広域化プログラムディレクター 松重和美京都大学教授)では主に[1]の問題を、10月2日のけいはんな学研都市におけるメインシンポジウムでは[2]、[3]を中心に論じた。両日とも企業関係者の参加が多く、サテライトでは約160名のうちの31%、メインシンポジウムでは約200名のうち51%を占め、産業界が水問題に高い関心を有していることがうかがわれた。両日のシンポジウム*1では、合計19件の講演と1件のパネル討論が行われたが、以下、幾つかのテーマに分けて、総説的な講演をお願いした次の演者5名の論点を中心に紹介する。


運転を飲むために、現在の法律は何ですか?
浅野孝(カリフォルニア大学デーヴィス校名誉教授)
Mark A. Shannon(イリノイ大学教授・NSF センターWaterCAMPWS 所長)
Michael P. Wehner(カリフォルニア州オレンジ郡水道局(OCWD)副局長)
松井三郎(京都大学名誉教授・(株)松井三郎環境設計事務所代表)
阿部晃一(東レ(株)常務取締役 水処理・環境事業本部長)

左から、松重和美教授(京都環境ナノセンタープ
     ログラムディレクター)、浅野孝名誉教授(基調
     講演)、筆者

地球気候変動、人口増加、生産活動に伴う汚染の進行などで水資源問題はますます深刻になり、2025年には地球上の30億人と52の国が水飢饉(ききん)に直面すると予測されている。その状況については多くの演者によって触れられたが実際の深刻度はどうなのか。サテライトでの討議において会場からこの点をつく質問がなされた。今回は水事情を技術ニーズの背景としてとらえることに主眼があり、国連の会議のように水事情の深刻度をえぐりだすことが目的ではなかったことにもよるが、浅野氏が基調講演の英文演題に"Looming Water Crisis"(looming は「輪郭を現し始めた」の意)という表現をしたように、現在のところ深刻な地域はあるとはいえ、地球全体として顕在的な大きな、悲惨な状況には至っていない。

しかし、あらゆる予測は今後10年、20年というスパンでせきが切れる状況になることを示唆している。それに備えておくのが技術に与えられた使命であるというのが共通の認識であったと考えている。


シボイガン、ウィスコンシン州
新しい水資源の確保

逼迫(ひっぱく)する水事情を緩和する方策は水資源の多様化である。Wehner氏は今後の水資源として次の項目を列挙した:雨水回収/都市化の進んだ地域での貯水池/汚染を受けた劣化地下水/下水の再利用/塩分を含むブラキッシュ水(汽水)/脱塩可能な塩水。これらのうち、水の再利用と海水および含塩大陸地下水の利用について述べる。

浅野氏はサテライトシンポジウムで「都市下水の再生、再利用は水資源の切り札となるか?」という題の講演を行うとともに、メインシンポジウムの基調講演においても都市下水の再利用こそが当面の解決策との見解を述べた。水の再利用には、排水を再び人が利用できるよう浄化再生するreclamation、それを飲料用に再利用するrecycle、農業用や冷却水などとして再利用するreuseに定義的に区別される。それらは「再利用」と総称され、次の7つのカテゴリーで利用される。[1]農業用水 [2]景観潅漑(かんがい)[3]工業用水 [4]レクリエーション利用と環境 [5]飲料用以外の都市再利用 [6]地下水かん養 [7]飲料用としての再利用。

水の再利用というと琵琶湖—淀川水系に依存している近畿圏のわれわれは、飲み水としての再利用を直感的に思い浮かべるが必ずしもそれが主体ではない。例えばカリフォルニアでは農業用利用が圧倒的に多く48%で、飲料用の地下水かん養は11%にしか過ぎない。飲料用以外の都市利用も普及し始めていて、米国では防火、空調、水洗トイレ用水を、上水と違う色のパイプで配管することがルール化されつつある。

飲料用としての再利用については、OCWDの世界最新鋭の水リサイクル工場(AWPF)の建設にかかわったWehner氏が詳細に紹介したが、その内容は京都環境ナノセンターのウェブサイトに収載している*2。OCWDでは都市下水をAWPFで水源として適した水質にまで浄化し、それを海水バリヤーへの注入や地下帯水層へのかん養に使って、増加し続ける水需要に対応してきたが、長年にわたるその壮大な取り組みにはロマンすら感じた。また、大規模水エンジニアリングと、精密膜ろ過、逆浸透膜処理、紫外線殺菌、高度酸化処理などのミクロの水テクノロジーの組み合わせも実に興味深かった。Wehner氏は、サテライトシンポジウムにおいてはAWPF建設の経緯を膨大な記録写真を使って克明に紹介し、水道事業現場関係者や留学生を含む京都大学� �水環境工学の学生諸君にも大きな感銘を与えた。


保護観察の目標は何ですか?
2. 海水および含塩大陸地下水の利用

海水の淡水化についてはわが国の企業が中東諸国などで活躍していることが有名で、技術の心臓部にあたる逆浸透(RO)膜でわが国が大きな世界シェアを占めていることは阿部氏も強調したところであるが、Shannon氏は、ほとんどすべての大陸の地下に存在する塩水帯水層(saline aquifer)に着目し、その利用のための膜技術の開発の重要性を述べた。

同氏が所長を兼務するWaterCAMPWSは全米科学財団(NSF)が2002年に設置した全米規模の研究センターで、水問題の解決のためのナノ材料とシステムの開発を複数の大学、政府系研究機関(Sandiaなど)、民間の会員企業の参加の下に行っている。Shannon所長はアフリカ大陸の水問題に注目し、海水淡水化のような産油富裕国向けの大規模施設ではなく、内陸部の貧しい住民にもきれいな水を供給する分散型のエネルギー非消費型の浄水装置を安価に提供することが大事であるとし、WaterCAMPWS研究所がsaline aquiferから飲料水を取り出すナノテクノロジーの開発に注力している意図と研究内容を紹介した。

新しい汚染問題

Wehner氏はOCWDの歴史的な展開の中で、発がん性物質のNDMA(N-ニトロソジメチルアミン)や2,4-ジオキサンが2000-2001年に下水の中に検出されたことが紫外線と過酸化水素を組み合わせた高度酸化処理法を浄水に導入する要因になったことを紹介したが、その後もさまざまな汚染物質が問題になってきている。

松井氏はPPCP(Pharmaceuticals and Personal Care Products)と略称される医薬品、化粧品による水汚染が人の神経系、内分泌系、免疫系に深刻に影響を及ぼす可能性を医学的な根拠を示しながら詳述した。

浅野氏が'unknown-unknowns'(正体未知の潜在的有害物質)と表現した10-12~10-9g/Lの濃度で長期曝露中に健康障害をもたらしうる未確認物質も、その検出・分析法の開発とともに今後の大きな課題になる。Shannon氏が繰り返し指摘したのは、殺菌消毒のための化学薬品による酸化で生成する有害物質の健康障害作用であり、化学薬品を置き換えるナノ触媒がこの問題の解決になる可能性をWaterCAMPWS 研究所の研究成果を例示しながら指摘した。


松井氏は、水問題の要因として窒素(農業活動)由来の温暖化を重視すべきことをアジア(特に中国)で起こりつつある状況を例に、また、富栄養化に伴う水の低酸素状態がわが国では琵琶湖、海外ではミシシッピ川の流れ込むメキシコ湾で起こっており、生態系への影響が憂慮されることについて指摘した。

新しい水関連技術

水技術は広範な内容を含み、計画-システム-施設-装置-デバイス-技術-研究という階層構造になっているが、ナノテクノロジーの主要な対象は後半の3つの項目である。浅野氏は、ナノテクノロジーの利用対象は、[1]モニタリング [2]脱塩 [3]浄化 [4]廃水処理 [5]水再利用の3R(reclamation, recycle, reuse)であるとし、具体的には [1]ナノろ過膜(脱塩技術を含む) [2]粘土、高分子フィルター [3]ナノ触媒 [4]磁性ナノ粒子 [5]汚染物質検出のためのナノセンサーを挙げた。

阿部氏は企業における水ナノテクノロジーへの取り組みを詳細に紹介し、水処理膜が21世紀の水処理の中心技術であることを述べ、その歴史的な展開、特に最近開発したホウ素除去RO膜を例に、ナノテクノロジーの役割を強調した。メタウォーター株式会社の青木伸浩氏(セラミック膜)、栗田工業株式会社の北見勝信氏(超純水製造)、株式会社堀場製作所の小林剛士氏(水質計測技術)、戸田工業株式会社の松井敏樹氏(ナノテク鉄複合粒子)は、それぞれの分野での最先端水処理技術を紹介したが、参加者はそれぞれの立場で深い洞察を得たと思う。

また、京都環境ナノクラスターからは前一廣京都大学教授が「アニオン類を除去・回収するオキシ水酸化鉄ナノ構造材」、青柳克信立命館大学教授が「高出力深紫外半導体光源の開発と新しい水浄化システムの提案」という演題で研究成果を紹介し、いずれも前述の総説講演で示された今後求められる水技術に符合するものとして大きな関心を引いた。

最後に、筆者はシンポジウムのまとめとして、水技術は、ICTやバイオのように快適、利便に直結する経済志向の強い技術とは異なり、人類の生存、安全性確保、生態系の保全、国際的な調和といった視野の下に地球志向で進められるべきもので、そのための世界的な合意、協調を含めた戦略と新たな研究開発パラダイムが必要であることを示唆した。



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